英国の劇作家・小説家である、ウィリアム・サマセット・モーム (William Somerset Maugham:1874-1965) のOn A Chinese Screenから抜粋しよう。この作品は1922年に出版された。内容は主に、1920年にモームが中国を旅した際の見聞が記載されている。
XLII. ‘THE SIGHTS OF THE TOWN’, On A Chinese Screen
① I am not an industrious sight-seer, and when guides, professional or friendly, urge me to visit a famous monument I have a stubborn inclination to send them about their business. ② Too many eyes before mine have looked with awe upon Mont Blanc; too many hearts before mine have throbbed with deep emotion in the presence of the Sistine Madonna. ③ Sights like these are like women of too generous sympathies: you feel that so many persons have found solace in their commiseration that you are embarrassed when they bid you, with what practised tact, to whisper in their discreet ears the whole tale of your distress. ④ Supposing you were the last straw that broke the camel’s back! […].
① 私は勤勉な観光客ではない。専門のガイドや友人のガイドが私に有名な名所を訪れるよう勧めてくると、私は頑なに彼らを追い払いがちだ。② 私が見る前にもあまりの多くの眼が畏敬の念を持ってモンブランを見ていたし、私の心臓が脈打つ前にもあまりに多くの心臓がシスティーナの聖母の前で深い感動で躍動していた。 ③ そのような名所は多くの人の悩みを聞いてきた情け深い婦人のようである。すなわち、多くの人々がその同情(情景)の中に慰めを見いだしてきたと思うと、彼女らがなんとも慣れていてそつなく、自分の苦悩を洗いざらいそっと耳元で囁きなさいと促しているようで、気が引けてしまうのだ。④ そんな彼女らの慰めもあなたが最後で私にはその慰めがないのだとしたら!
【解説】
□ I have a stubborn inclination to V:私は頑固にVしたがる傾向がある/私はVしたいという頑固な気持ちがある
□ to send them about their business:彼らを自分の用事に戻らせる/彼らを追い払う
□ 英文②は、有名な観光名所を見ても、すでに多くの人が同じ感情を抱いたことを考えると、自分が同じように感動することに対して気が引ける筆者の複雑な感情を表現している。すなわち、観光地に対する抵抗感の理由が示されている。
□ 英文③は、筆者の心情を比喩的に強調している。「自分の感動をそこに付け加えることが本当に価値があるのか」という迷いが、比喩を通して伝わってくる。
□ 英文④は仮定法を使った感嘆文です。Supposing~は What if~に近いニュアンスで、ありうる状況を想像しています。the last straw that broke the camel’s back(ラクダの背中を折った最後の1本の藁)の背景には、The straw that broke the camel’s backという諺がある。本来、ラクダは重い荷物を運ぶことができますが、最後にたった1本の藁が加わったことで限界を超え、背中が折れてしまうという比喩表現です。「限界を超えさせる最後の一押し」や「我慢の限界を超えるきっかけ」を表します。
□ 英文④は、これまでの筆者の葛藤を象徴的に締めくくるオチとしての役割を果たしている。英文①〜③で示された筆者の心情は「多くの人々が感動した名所を前に、自分の感動が新鮮で意味のあるものなのか疑問に思う。」というものであるが、英文④には「自分の感動が、名所の限界を超えさせてしまうかもしれない」という皮肉が込められている。



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